1994年広島アジア競技大会のレガシー
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2020年11月6日
 みなさんは,今から四半世紀前の1994(平成6)年に,広島県内で大規模スポーツイベントが開催されたことをご存知ですか。1994年10月2日から15日間にわたり広島市を中心に広島県内各地で,「世界平和への願いを込めて友好の場にアジアの心を結び,力強く21世紀を拓く若人たちの祭典」を理念として開催された第12回アジア競技大会広島1994(以下,広島アジア競技大会)がそのイベントです。

 アジア競技大会はそれまで東京やバンコク,ソウル,北京などアジア各国の首都で開催されてきましたが,広島アジア競技大会は初の地方都市開催であり,また参加国・地域42,参加選手・役員数6,828,実施競技数34と,大会史上最大の規模となりました。カバディやセパタクローといったアジア独自の競技も開催され,当時広島市に住み始めて2年目だった私も佐伯区スポーツセンターで開催されたセパタクローの試合を観戦して楽しかったという記憶が残っています。

 広島アジア競技大会の報告書をみると,広島アジア競技大会の成功経験は,広島という地方都市でも大規模イベントを開催できるという自信を植え付けたといいます。


 また,4,300人の大会関係者が平和記念資料館を訪問したり,総額1億円のシャイク・ファハド広島・アジアスポーツ基金が創設されたりするなど,平和連帯やスポーツ科学振興の成果も得られました。

 

続きはSAH Sports Columnにてご覧ください。

https://sa-hiroshima.com/column/

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